きこりの森林・林業の教科書
②日本の森林は誰のもの?

はじめに 森林管理 国有林の話 民有林の話 土地問題 林政の歩み 森林・林業に関連する法律 税金(財源)
森林法が出来た背景 森林・林業に関連する法律 森林法 林業基本法 森林・林業基本法 分収方式による造林と育林 メモ
【森林法が出来た背景】
1.森林法が出来る前の日本
 日本人は、森林の果たす役割について古来より経験の中で理解していた。それを示す神話が残されている。神話には、鉄生産(日本刀)で周囲の山が禿げ山になり、土石流が発生して麓の水田を破壊した話があります。この話では、土石流は大蛇で表現されている。8つの谷を杉やヒノキを身体に纏っている大蛇が水田や村を襲ったと記載している。この大蛇を退治した神様が、伝承上の英雄で、植林も担当している。ギリシャ神話のヘラクレスに似た存在である。水田の女神と植林の神は、その後結婚しており、水田にとって森林が重要であることを昔の日本人は、理解していた証左といえる。
 また、水源の森は神の領域として禁伐にして保護してきた。そこに水神や龍がいるとして、龍が暴れると言って開発を禁止してきた歴史がある。度々、森林破壊から水源を失うなどの経験から、このような神話として教訓を残していた。
しかし、理解はしても、どうしても自然破壊は発生する。都(みやこ)周辺の森林は、薪炭や建造物の利用のために木々が切られ、禿げ山になった。さらに、人口が増えれば、周囲の山は荒廃し、結果、洪水が頻繁に発生する。洪水は家屋や田畑を破壊するだけでなく、病気も発生させる。さらに、森林が消失することで燃料不足も引き起こされた。これらの理由により、何度も都が移動した。

2.森林にまつわる取り決めの歴史
 677年に中央政権より都周辺で「木や草の採取禁止」が発令される。その後も、何度も禁伐令が時の政権から出される。大きな理由は、洪水対策である。政策は保護や禁伐のみで積極的に植林する事は無かった。また、用材林のための植林もほとんど無かった。
1666年になり、初めて全国の荒廃地を緑化することという命令が中央政権より通達された。木を植えなければ、燃料不足、資材不足による生活環境の悪化、洪水による農業生産への大きなダメージを受ける深刻な事態だったことが背景にあった。対策を放置すれば、食糧不足が発生し、社会が不安定になる。全国で様々な取り組みが行われ、地方政府も厳しい取り締まりを行う。地方政府の行政範囲内で、水源地から下流まで繋がっている場合は、積極的に森林の回復が行われた。例えば、傾斜地の焼畑では周囲に植林、斜面を石積みでテラスにした常畑の設置等、土砂流亡を押さえる等の対策が採られた。その大きな理由は、河川の堆砂対策であった。堆砂が進行することで、河床上昇が起こり増水時に洪水を引き起こす原因になる。そのため、当時の洪水対策には、山での土砂流出防止対策の他、河川から堆砂を取り除くことも行われた。

コラム1


写真:天保山名所図会(国文学研究資料館所蔵)

下流の住民が堆砂対策で浚渫している様子です。左上の山の絵は、黒い場所は谷筋で、木があるため、黒く書かれている。ほとんど禿げ山であることを現している。)


写真浪花天保山風景(大阪府立中之島図書館所蔵)

浚渫して発生した砂で作った山です。当時は20メートルの山になったそうです。今は4メートルまで低くなった。天保山といい大坂にある。大量の土砂が発生するほど、禿げ山が多く存在した。このため、荒廃地を緑化せよという通達が何度も出された。上の絵からも分かるように、日本の森林は荒廃していたが、どちらかと言えば、人口の多い都市周辺が、特に荒廃していた。)

 資源管理においては、全国的な動きは無く、地域別に住民間で取り決めが行われていた。地方政府が必要とする用材林については、住民が勝手に伐採して利用することは出来なかったが、薪炭利用については、規制はほとんど無かった。
 人口増加に伴う食糧確保のために、農地を広げる=森林が切り開かれるが、その後洪水など自然災害となるため、持続的な自給自足の生活が出来るようにバランスを保っていた。このため、中央政権、地方政府から出される森林の規制は、洪水対策目的の森林保全がほとんどであった。


3.森林法の成立
 1603年から1867年までの265年間の江戸政権は、荒廃した国土の復興に努めた。しかし、1867年に政権が交代すると、法制度が整わない期間に、旧政権の土地には、都市の失業者が侵入し耕作が行われ、旧政権が管理していた森林が破壊された。また、森林所有者は、従来の規制がなくなったため、大規模開発を行うようになった。また、政権交代で、新政権は、産業を興し、国を豊かにするために、外国との貿易に力を注いだ。しかし、欧米から機械や軍艦を購入するには、外貨が足りなかった。このため、これまでの森林利用に加えて、新たな森林開発が行われるようになった。

コラム2


写真 樹齢2000年の箒杉(神奈川県)

旧政権が管理していた森林にある大径木は役人を配置して備蓄していた。この写真の地域は、旧政権が管理しており、写真のような大径木で構成された森林であった。しかし、政権交代後の法制度が定まるまでの空白期間に、大量に伐採される事例が、全国で発生した。今は、このスギのみが残っている。

 新政権の方針で、外貨獲得手段として、絹、茶、陶磁器などが欧米に輸出された。新たに栽培地を作るため、山林を切り開き、桑畑・茶園の造成、輸出用陶磁器向けの薪炭の供給等、森林開発が新たに始まった。また、農村地域にこの外貨獲得の結果、成金も誕生した。成金による家屋の新築が木材需要の高騰も引き起こした。自分達や先祖が植栽した木は自分達で伐っても問題ないとされていたため、持続可能ではない森林経営が全国規模で広がった。しかし、当時は、伐採を規制する法律は存在しなかった。

 1880年に、明治政府から山林を保護するべきという通達が出た。さらに1882年には、私有地であっても伐採禁止の通達が出るが、効果は弱く、1896年に全国規模で大水害が発生した。
このような状況下で明治政府は、大水害の翌年の1897年に日本で最初の森林法をドイツの森林法を参考として制定した。この森林法により、私有地である森林の扱いは、所有者に委ねるのではなく、国が関与することになり、いかなる森林所有者も、例え私物であっても許可無く伐採出来なくなった。さらに、伐採跡地を植林することも義務づけられた。

4.森林法の構成
 現在の森林法の構成は、以下の通りとなっている。第1章の総則、第1条には、「第一条 この法律は、森林計画、保安林その他の森林に関する基本的事項を定めて、森林の保続培養と森林生産力の増進とを図り、もつて国土の保全と国民経済の発展とに資することを目的とする。」と法律の目的が記載されている。
 日本の森林は、経済的活動を行いながら、国土を守る存在となっている。国の事情によって異なるが、日本では、森林は保護することよりも木材生産の場であることを強調しているのが特徴になっている。

第1章 総則 (1 - 3条)
第2章 森林計画等 (4 - 10条)
第2章の2 営林の助長及び監督
  第1節 市町村等による森林の整備の推進 (10条の5 - 10条の12)
  第2節 森林整備協定の締結の促進 (10条の13・10条の14)
  第3節 森林施業計画 (11 - 20条)
  第4節 補則 (21 - 24条)
第3章 保安施設
  第1節 保安林 (25 - 40条)
  第2節 保安施設地区 (41 - 48条)
第4章 土地の使用 (49 - 67条)
第5章 都道府県森林審議会 (68 - 73条)
第6章 削除
第7章 雑則 (187 - 196条の2)
第8章 罰則 (197 - 303条)
附則

5.森林法の改正
 森林法は、何度か改正されてきた。1939年には、これまで国有林、都道府県有林、市町村有林のみ、施業計画を作成していたが、私有林も施業計画を作成することになった。そして、森林のある全ての市町村に森林組合を設立し、森林所有者の加入を義務とした。この流れの中で、施業計画を文書化する過程で、科学的且つ持続的な森林経営を個人レベルの森林所有者に浸透させた。但し、人材不足、資金不足もあり、予定通りにはいかなかった。
 1951年の改正では、国と県による森林計画制度の誕生と、民有林の適正伐期齢未満の伐採を許可制にする等、伐採規制を強化した。この頃は、資源不足もあり、木材需要を確保するため、薪炭林や未利用の天然林を人工林に転換することが行われた。それぞれが勝手に森林経営をすると、木材需要への長期計画が立てることが出来ないため、国が木材の需給体制を安定化する上でも国有林と民有林の情報を把握する必要があった。これを機に、民有林の統計数値が揃うことになった。
森林法の目的を達成するために、1964年に、木材生産を増強するため、「林業基本法」が制定された。1966年には、土地の所有権を明確にするため、慣習的な土地利用を整備するため「入会林野近代化法」が制定された。不足する木材需要への対応のために障害になっていた課題を解決するための法律である。
 その後、木材の輸入自由化によって社会環境は変化し、森林に対する国民のニーズも変化した。木材生産としてみていた森林が、レクリエーション(例えば、ゴルフ場や別荘地)を目的とした開発が行われるようになった。これらの行為は、森林法の規制の対象外であり、土砂流出や崩壊、環境の悪化が引き起こされても、それに対応する規制がなかった。1974年の改正では、これらの開発に対し、一定規模を超える森林の開発を規制する林地開発許可制度を設けた。
 1998年には、それぞれの地域の実情に合わせるために、全ての市町村が「市町村森林整備計画」を策定することになった。市町村は、県から、森林所有者が作成する「森林施業計画」の認定、伐採届の受理等の森林整備に関する権限が委譲された。2001年には、それまで森林所有者しか作ることが出来なかった「森林施業計画」を、委託を受けた者が作成できるように変更した。
 2011年には、「森林施業計画」を「森林経営計画」に変更した。この変更は、森林施業計画には無かった鳥獣被害や、作業道の情報等、施業計画に不足していた情報の追加であり、より森林の状態を把握するために行われた。この他、森林の土地の所有者届出制度を新設した。これは、転居や相続などで不在村地主が増え、行政と森林所有者間の連絡が取れない事例が増え、効率的な森林整備の障害となっていたことが背景にある。
 この様に、社会の変化に合わせて森林法は改正されている。

6.森林所有者への優遇
 この様な厳しい仕組みに対して、協力する森林所有者には、様々な優遇が政府から提供される事になった。森林所有者が、国土保全のために森林の機能を提供している。この見返りが優遇処置である。私有林を保安林指定することで、国の政策に協力していることになり、税金での優遇、事業に対する補助などが優遇される。
 なお、優遇内容は、以下の通りである。
・固定資産税や不動産取得税、特別土地保有税の免除
・相続税、贈与税の控除(皆伐3割、択伐5割、禁伐8割)
・低利の融資
・伐採制限で被る損失の補償
・造林補助の優遇

7,森林法の罰則
 森林所有者は、伐採予定の森林が属する市町村長宛に、伐採予定日の1~3ヵ月前に届けを出す事になっている。届けの内容は、①伐採予定の住所、②伐採面積、③伐採方法(皆伐・択伐・間伐)と伐採率、④伐採樹種と樹齢、⑤伐採期間の他、伐採後の造林計画、⑥造林面積、⑦造林樹種、⑧造林方法、⑨植栽本数等を記載する。
 なお、自然災害によって緊急に伐らざるを得ない場合は、事後に届ける必要がある。もし、届けないで伐採した場合は、100万円以下の罰金が科せられる。

この他、犯罪に関する主な罰則規定は、以下の通り。

罰則となる行為 罰金 懲役
森林から勝手に産物を盗んだ場合(197条) 30万円以下 3年以下
保安林から勝手に産物を盗んだ場合(198条) 50万円以下 5年以下
盗品を受け取った者(198条) 30万円以下 3年以下
盗品を知っていて運搬、隠蔽、買い取った者(201条) 50万円以下 5年以下
他人の森林に放火(202条)   6年以上
自分の森林に放火   半年以上7年以下
自分の森林に放火し、他人の森林も燃やした場合   半年以上10年以下
失火で他人の森林を燃やした場合(203条) 50万円以下  
無許可で森林を開発した場合(206条) 300万円以下 3年以下
保安林内での無届けによる伐採行為(207条) 150万円以下  
届け出を出さないで伐採した場合(208条) 100万円以下  
報告しない場合、偽った報告をした場合(210条) 30万円以下  

 罰金自体は、それほど高額では無いが、取引の中止など社会的制裁は、非常に高い。



きこりの森林・林業の教科書

By きこりのホームページ