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きのこ ・松茸 ・キノコの食文化 山菜 |
日本の食文化 歴史上、文献に出るのは、応神天皇が吉野宮に行幸した時(288年)に、地元住民がキノコを献上したとのことが最初と言われています。 万葉集、古今和歌集にもキノコが登場します。 今昔物語には、「比叡山、横河の僧がキノコに酔って読経した」、「尼僧が山中で迷ってキノコを食べたら舞いだした」「信濃守が谷底に落ち、引き上げたらキノコを抱えていた」等の話が登場します。 1500年代に入り、茶会が盛んになると懐石料理の食材として利用されます。特に豊臣秀吉が後陽成天皇の聚楽第への行幸時にだしたシイタケ料理が有名。 元禄時代(1686年)に初物食禁令の筆頭に、生シイタケが揚げられる。 登場回数が多いのが、干しシイタケ、次に松茸、木耳、平茸、香茸、占地、松露の準。 鎌倉時代の「諸抄大成」に酒煮の松茸(酒を調味料にして煮た物)、平茸の雁煎(鶏肉と炒めたもの) 四条流包丁書には、雁の皮煎に占地を入れる料理が紹介。白鳥の匂い消しとして、シイタケ入れる事も書かれている。 徳川実記には、二条城への天皇行幸の採、キノコ尽くしと言うことで、「鶴松茸」「椎茸の御汁」「松茸の和え物」「塩引きと木耳」「椎茸の肴」「田螺に焼き松茸」がご馳走として用意されたとのこと。 明治時代になると干しシイタケの統計が取られ、明治元年から明治37年までは、生産量では無く輸出量のみの数字、その後、生産量も統計取るようになるが、昭和初期までの30年間の総生産量が1000トン前後で、そのうち、8~9割が輸出であった。このため、椎茸を含むキノコは日常食べるものでは無く、正月、盆、法事など晴れの日にしか食べることは無かった模様。 |