きこりの森林・林業の教科書



①日本ってどんな国?

火山・地震について 地質・土壌について 植生について 動物について 日本人について

・日本人のルーツ 
・日本の人口の推移

日本人のルーツ
20万年前にアフリカから出発した人類は、ユーラシア大陸に到着したのが、後期旧石器時代の5万年前のこと。そして、日本列島には、3万8千万年前には到着していたとのこと。

 そのルートは、四方八方から流入したと言われています。一般的には、北から北海道を通って流入したルートと、朝鮮半島を含む大陸東部からの流入。そして、南方から黒潮に乗って北上したルートです。

 2万9千年前に、姶良火山の大爆発で、九州や西日本にいた人々は火山灰の影響で死滅したとか。その後、回復に1000年もの時間がかかったそうです。
ミクロネシアを含む南方系の風習も日本にはあります。一つは、祭りです。写真の宮古島の「パーントゥ・プナハ」、甑島の「トシドン」等は、ミクロネシアやポリネシアと共通した祭りです。

また、月小屋という生理休暇も同様です。

この様に、様々な風習が溶け込んでいるのです。
 日本人は、大陸や島嶼から移り住んだのですが、色々な方向から移っていることだけは分かっています。7000~1万年前の最終氷期には、樺太から北海道が陸続きだったことも有り、北海道と本州間も今より狭かったと言われています。同様に朝鮮半島というか大陸と対馬間も今より狭かったので、食べ物を求めたり、住む場を追われた人たちが移ってきたと言われています。
 
海面が、100m下がるとこんな形に。
日本の食文化は、長江文明の末裔と言われる中国の貴州省や雲南省の少数民族と共通することが多いと言われています。

 また、歌垣という特定の日時に若い男女が集まる合コンも、あります。農耕儀式とも結びついているとのこと。

遼河文明や黄河文明で増えた人口が南下することで、押し出された末裔が海を渡ってきたというのが、ある意味正しいと思います。南下した理由は気候変動とのこと。より豊かな食材を求め、なんかするのですが、北方系は体系も良いため、小柄だった人々は抵抗できずに逃げたというのは、理にかなっていると思います。そうで無ければ、蒟蒻を食べるという事が説明付かないからです。

鳥居も、長江文明では、鳥を信仰していたこともあり、鳥居=鳥のいるところ、注連縄は、蛇の再生と共通した文化があるという理由が出来ないからです。
 日本語は、系統関係の不明な孤立した言語のひとつとなっており、他の言語との系統関係が未だ明らかになっていません。一説には、縄文式時代に,ポリネシア語族のような音韻組織を持った南方系の言語があり、その後、紀元前数百年の頃,南インドから稲作・金属器・機織という当時の最先端を行く強力な文明を持つ人々も到来し、タミル語が流入してきて。大和言葉の原型が出来たのではないかという考えがあります。ただ、文字がなかったので、その後、中国が紀元前108年に楽浪四郡を今の朝鮮半島の付け根に設置したことで、中国の漢字&文化が入ってくる中で、大和言葉に文字が登場します。

 しかし、漢字では字の違いと音の違いが難しく、混乱してしまいます。それを解消するため、50音の仮名や片仮名を作り出します。また、漢字を日本にしかない国字(榊)も作り、さらに発展させるのです。表音文字の五十音と、表意文字の漢字を組み合わせることで、外来語も取り入れることが出来ます。外来語は片仮名にすることで、誰もが理解できるからです。これらは、日本語が出来る過程で色々な地域からの人々の言葉をうまく調整していた結果かも知れません。

日本の人口の推移

縄文時代・弥生時代
 1万年前は、今より2℃ほど低かったが、6000千年前は、1℃ほど高く、コナラや栗を中心とした暖温帯落葉樹林が東日本に広がっており、カシやシイの常緑広葉樹が西日本に広がっていました。狩猟採集がメインであったため、木の実の有無が人口を支える大きな鍵となっていた。
 2500年前に、再び寒冷化したため、今より1度ほど低くなったため、東日本地域では、木の実が減って、人口も衰退。合わせて、大陸からの人口流入による疫病の蔓延が、さらに人口減少に拍車をかけます。

 弥生時代になって、稲作栽培の浸透が、人口増加に繋がります。また、徐福を始めとする政治難民が、大陸から日本に逃亡してきます。弥生時代から奈良時代までの800年間に150万人ほど、外部から人口が移入しています。

奈良・平安・鎌倉・室町時代
 国の制度が整い、国有地として農地を貸し出すと、一定規模まで増加するが、律令制度による水田開発の限界、同時に荘園による土地開発も限度に達したことにより、停滞気味となる。

戦国・江戸時代
 1600~1700年代は、大名による領内開発、江戸幕府による天下統一=戦争がなくなったことで、小農民の自立を含め、出生率の上昇で人口が増加。しかし、農地開発が一段落すると、成長は限界を迎え、都市の人口集中による衛生環境の悪化で、18世紀紀なると人口は一時マイナスとなります。

明治以降
 医学の進歩により出生率が高いまま、死亡率が低下したため、短期間に人口が急増します。
その後、2006年に1億2779万になり、その後減少に転じます。


WEB上のデータから雑に再編集()

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