きこりの森林・林業の教科書


③生活を守る森林って何?

概要 森林の機能 保安林制度 治山 生活を守る樹木 流木対策
保安林の種類
補助金申請
導入の必要性
治山技術
肥料木
根系別
耐潮性
耐風性
耐火性

治山

(1)はじめに
 日本は、国土の70%が急峻な山地で占められています。日本列島上空で暖気と寒気がぶつかるため、前線による豪雨、台風の豪雨など、常襲地帯です。山崩れ、土石流、洪水等の災害が毎年、どこかで発生しています。加えて、都市化、住宅地化で、これまで人のあまり住まなかった場所が開発され、自然災害の危険性が高まっています。

 日本列島は、中央に2000メートルから300メートルの山脈があります。そして海までの距離が短いため、急勾配の河川が多いのが特徴です。河川の長さは短く、流域面積も小さいです。このため、強い雨が降ると、急に河川が増水します。2004年に1時間に50ミリ以上の強い雨は、470回発生しました。山にどれだけ降った雨を長い時間留めることが出来るかが重要です。

 また、平常時と洪水時の流量を見ると、関東平野を流れる利根川は、100倍、名古屋の近くを流れる木曽川は60倍、大阪の近くを流れる淀川は、30倍だそうです。ちなみに、アメリカのミシシッピ川は3倍、ロンドンのテムズ川で8倍、ドナウ川で4倍と、日本とは大違いです。

 このため、治山事業は、国民が森林に期待する役割のうち、「山崩れや洪水などの災害を防止する働き」として、1位(1980年、1986年、1993年、1999年、2003年、2011年)になっています。2007年は、地球温暖化に機能するが1位であったため2位になっています。

(2)明治時代以前
 森林の公益的機能は、昔から認識されていました。江戸時代には、地方政府も含め、留林、御留山と、何もしない山(森林)、水止山(水源林)と禁伐で対応することは、江戸時代には制度として確立されていました。歴史を遡れば、667年に天皇の命令で、草木を採るなというのがあります。当時は首都で、今は田舎の奈良県明日香村にある南渊山と細川山です。首都の水源でもあり、森林保護として禁伐令が出ています。

 794年に京都に都を移すのですが、806年には、嵐山周辺の禁伐令が出ています。桂川の洪水対策としてです。その後、1666年に江戸幕府から地方政府に、「諸国山川の掟」が出されました。①草木の根まで掘って開墾すると、洪水被害が大きくなるので、草木の根まで掘るのは禁止。②川の両側の斜面で木のないところに木を植えろ。③河原で畑を作るのは良いけれど、川幅を縮めることは禁止。④山での焼き畑は禁止。という内容です。それだけ山が荒れていたということの裏返しではあります。

(3)治山の近代化
 明治政府になり、外国との貿易を進める上で、港の整備は必須でした。しかし、山が荒れ、土砂が港に入ってくれば、船が接岸出来ません。特に、大阪港は重要な貿易港の一つでした。そこで、大阪港に流れ込む淀川の河川改修と、治山が急務だったのです。大阪港は、江戸時代、何度も何度も浚渫を繰り返していました。しかし、私有地の多かった山は荒れ果てていましたが、手を付けることがほとんど出来ませんでした。

 明治政府は、ヨーロッパに近づけと一生懸命な努力をします。その中の一つに、お抱え外国人というのがありました。技術を持っている外国人を総理大臣より高い給与で直接雇ったのです。

 そのうちの一人が、砂防の父と呼ばれるオランダ人技術者のデ・レーケです。彼は技師として日本に来ました。淀川の河川改修を調査するためです。その結果、禿げ山だらけで山が荒れているので、山を何とかしないと、駄目ですという結論に達します。約30年にわたって、日本の治山を指導してくれました。ヨーロッパの最新技術を教えてくれる一方、日本の状況に合わせ、土地の人の意見を反映させながら、治山技術を改良、発展させていったのです。

 彼以外にも、日本の治山に貢献してくれた人物がいました。イタリア人のアメリゴ・ホフマンです。日本には3大禿げ山県というのがありました。愛知県、滋賀県、岡山県です。このうち愛知県瀬戸市では、瀬戸物と呼ばれる陶業が主要な産業で有り、燃料として周囲の木々が伐られていたため、アカマツが点在する禿げ山地帯だったのです。土砂流亡が激しく、洪水など災害の地だったのです。ホフマンは、オーストリアで行政経験のある林学者で、砂防、治山工学の分野で5年間東京大学で教鞭を執られました。その一環として、当時のオーストリアやフランスで広く用いられていた工法を導入しました。この方法は、当時の日本で一般的な山腹面での植林は行わず、渓流を安定した勾配に持って行く堰堤を作る方法です。崩壊地に手を加えず、下流に堰堤をつくり、土砂が堆積し安定したところに、草木が自然侵入してもらう方法です。また、放水路を用意したり、近代科学による設計思想を取り入れました。この設計思想が、今の日本の治山技術の基礎となっています。
(4)今日の治山:分類
 日本では、荒廃形態別に、①表面侵食型、、②崩壊型、③地滑り型、④雪崩型、⑤渓岸型、⑥地震型に分けています。事業実施の判断基準や荒廃機構の解明と対策に使っています。

種類 対処法
①表面侵食型 対象は、森林の乱伐や、山火事、煙害被害等人為的な活動で拉致や植生が貧弱になった土地です。降雨や風、積雪で表面侵食が起こる場所での現象です。この場合、山腹工事として、基礎工や緑化工で対応します。
②崩壊型 豪雨や急激な融雪による浸透水の増加で発生する現象です。浅層崩壊と、深層崩壊に区別され、浅層崩壊では、基礎工や緑化工で対応出来ますが、深層崩壊は水の処理など大規模な対応となる。
③地滑り型 地滑り面が有り、植物根茎の影響を受けない現象です。排水を優先する抑制工と、動きを止める抑止工の他、小規模な土の塊を抑える蛇籠工で対応します。
④雪崩型 雪崩は通常、毎年同じ場所で発生する。このため、山腹工は、階段工や、雪崩防止策、雪圧に強い植物を用いて緑化する。
⑤渓岸型 川の屈曲部等、水の力で崩壊する現象です、土石流が乗り上げたりします。山腹工事は、堰堤や護岸工による流路の固定です。
⑥地震型 地震による崩壊、落石、亀裂などによる荒廃の現象です。


 
(5)治山工事のお願い
 急傾斜地が多い日本では、常に災害の危険性があります。しかし、基本は土地所有者が、保全する物です。崖の上に住んでいる人、崖の下に住んでいる人、自ら対策しなければなりません。それが土地所有者の義務だからです。しかし、防災工事は非常にお金がかかります。個人負担では出来ないのが実情です。このため、1969年に「急傾斜地の崩壊による災害の防止に関する法律、通称、急傾斜地法」が出来ます。傾斜が30度以上、高さが5メートル以上、崖が崩壊して被害を受ける家が5戸以上だと支援の対象となります。
自然の崖であること、治山工事の構造物を無償で置き続けて良い、工事に協力する事が前提です。
 勝手に、行政が作ってくれる訳ではありません。次の過程で申請を行い、工事してもらいます。もちろん、一部、住民負担が原則です。

①住民からの要望受付:自治会長や住民が、危険な崖地の調査を市にお願いします。
②市職員による調査:要望者と市の職員が、現地調査し要望範囲を確認します。
③事業選択:市で工事を行うか、県で工事を行うか基準に合わせて判断します。その後、要望者に通知します。
④住民向け説明会:急傾斜地崩壊対策事業の制度や手続き等を住民対象の説明会を行います。
⑤住民からの申請の意思確認:市の事業で行う場合、費用負担が発生します。本当に工事を行うか、住民の代表者に確認します。
⑥地権者調査:市が土地所有者調査し、問題がないかを確認します。
⑦地元からの申請書提出:ここで申請書を提出します。
⑧工事着工

 治山事業の実施の際には、①工事を行う土地の無償提供、②工事の実施についての関係者の同意、③市が行う事業では、地元負担(事業費の5%または上限額[75万円+1万円×施工延長]のいずれか低い額)の同意が必要です。

工事後は、施設本体の維持管理は行政が行います。しかし、排水施設の清掃や、草刈り、樹木の剪定や伐採は、土地の所有者が自費をもって維持管理します。
(6)国の治山事業
 国有林内の荒廃地で行う治山事業です。
(7)都道府県の治山事業




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